自覚さ

思うにゲームの手軽な疑似体験性が問題だと思う。
スポーツなんかは努力と能力と時の運がなければヒーローにはなれない。

しかしゲームならば無能力でも簡単にヒーローになれる。ヒーローとしての自覚さが違うわけだ。  「悪銭身に付かず」というが、まさにこれ。疑似体験身に付かずで、スポーツ選手ならどんなにがんばっても表舞台に立てるのは一握りのヒーローのみ。
でもゲームならスイッチを入れれば誰でも簡単に大舞台に立てるわけだ。  例えばスポーツで優勝しました。オリンピックで金メダル取りました。
と、言ってもそれが実際に自分が努力して勝ち取ったものか、ゲームで疑似体 験したものか、ではその感動の度合いは違ってくる。当たり前だけど。でも失敗体験は同じだけのフラストレーションは溜まると思う。  つまり失敗体験は同じであるのに対して、成功体験は安く感じるわけだ。そりゃ疑似体験の
ほうは、ただゲームをクリアしただけだしね。  
今気付いたけど、だから日本のゲームは世界を救う的なゲームが多いのかな?現実と比較されないくらい、非常識で強く成功体験を感じさせてくれるし。だから失敗体験よりも成功体験のほうが心に残るわけだ。