無茶苦茶な校則

様相が変わり始めたのは高校からだ。 入学した高校の校長が全校生徒の前で「自分を天皇か総理大臣にすれば世界は平和になります!!」と公言する男だった。

毎日、放送による朝礼から始まり、月曜日には一時間の朝礼、自身が作った和歌や自費出版本を全生徒が買わされ読んで感想を書かなければならない、意味のない無茶苦茶な校則(例 私服外出厳禁、校長先生の銅像に頭を下げろなど)。 私立だったためPTAなども存在せず、全教員が校長の忠実な僕だった。 精神的なストレスがますます溜まる環境の中、唯一の幸せは読書だった。
近くに巨大な本屋があり、そこで時代劇小説に夢中になった。 理由は、時代劇の持つ包容力にある。 善も悪も辛いことも楽しいことも全てを内包していた。 救いだった。 今から見れば、高校の余りの酷さに左翼の言動などに対してもある程度の耐性が付いたのだと思う。 今に近づき、二十代前半のころ。 インターネットでモノガキの師匠に出会った。 師匠は、当時、大手企業のシステムエンジニアだった。