再び

障害を抱えた子供を、親が将来を悲観して殺してしまう事件なんて昔からあることだけど、 親は「子供の将来を悲観して」じゃなくて、
「障害者の子供を持つ自分自身に悲観した」ってのが本音だと思うよ。
この父親だけじゃないよ。 中には子供が重い病気にかかって死にそうでも「正直、早くクタばってくれないかな」って感覚の親って意外と多いんじゃないか? 海外で子供の臓器移植するのに1億円かかるので寄付をお願いしますなんて親が呼びかけてるけど、それは「親として子供を助けるのに人生を賭けなきゃならない」って風潮による、社会に対する体裁なのかもしれないよ。 仮にもし、莫大なお金を集めて子供に臓器移植した後、また移植が必要になった時に、 再び親がお金を集めて再移植させる親は皆無だって。 子供には「申し訳ないけど、もう無理だから死んでくれ」ってのが本音だろうし、社会に対しても 「一度は助けたから、もういいでしょ?」って感覚なのかもしんない。